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リスキリングとは?DX時代に欠かせない理由や導入のポイント、事例などを詳しく解説

2024.01.11

DXの成功には、単に一部の優秀なデジタル人材や主要ポストにいる人々の努力だけでは不十分です。真の変革を実現するためには、現場で日々業務に従事する“フロントライン”の全ての人々がデジタル技術を活用し、新たな価値を生み出し、提供する方法に習熟し、それに貢献することが求められます。これには、従業員全員を対象とした包括的なリスキリングが不可欠です。

デジタル技術の活用はもはや選択肢ではなく、必須の要素となっています。そのため、全従業員がデジタルスキルを身につけ、変化する市場環境の中で価値を創造し続けるためのリスキリングが、企業の持続可能な成長の鍵となります。

この記事では、DXを推進する上でのリスキリングの重要性や導入のポイント、実際の企業事例などを詳しく解説します。

リスキリングとは

「リスキリング」(Re-skilling)とは、技術革新やビジネスモデルの変化に適応するために、業務上で必要とされる新しい知識やスキルを身につけることです。

経済産業省はリスキリングを「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義しています。

リスキリングは「DX教育」と同一視されることもありますが、これは完全なる同義ではありません。近年、特にデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に伴い、新たなスキルの習得や、仕事の進め方の大幅な変更が求められる職業への適応がリスキリングの主な焦点となっています。

リスキリングは、社会的な要請に応え、従業員のスキルを変化させるという観点から、企業側の責任として捉えられがちです。しかし、実際には学ぶ本人の積極的な参加と主体性が不可欠です。そのため、経済産業省の定義においても「獲得する/させる」という表現が用いられており、双方の視点からのアプローチが重要であることが強調されています。

リスキリングを通じて、従業員は新しい技術や方法論を学び、企業は競争力を維持し、市場の変化に迅速に対応できるようになります。また、リスキリングの取り組みは、従業員のキャリア開発をサポートし、企業の人材流動性を高める効果もあります。

リスキリングの注目度の高まり

リスキリングは、世界的に注目を集めています。ここでは、リスキリングが高い注目を集めるきっかけとなった出来事について紹介します。

世界的なリスキリングへの注目

2020年のダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)では、「リスキリング革命」が主要な議題の一つに挙げられました。その目標は、第4次産業革命に伴う技術変化に対応し、「2030年までに全世界で10億人により良い教育、スキル、仕事を提供する」という壮大なものです。

第4次産業革命にはバイオテクノロジー、ロボティクス、人工知能(AI)など多岐にわたる技術の変化が含まれますが、中でもデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速が注目されています。これにより、DX関連の人材育成を目指すリスキリングの必要性が高まっています。

また、『人材版伊藤レポート』では、人的資本経営の実現に向けた人材戦略の共通要素として「リスキル・学び直し」が挙げられています。このレポートによると、企業が進むべき方向性としてリスキリングの重要性が強調されています。リスキリングは2022年の新語・流行語大賞にもノミネートされ、その社会的な注目度はますます高まっていると言えるでしょう。

岸田文雄総理によるリスキリング支援の強化

岸田文雄総理は、2022年10月、リスキリング支援制度を総合政策に組み込む方針を明らかにしました。これは、「人への投資」と「企業間の労働移動の円滑化」を目的とし、受け入れ企業への支援やリスキリングから転職に至るプロセスの一貫した支援を行う制度の新設・拡充を目指すものです。

岸田総理が提唱する「新しい資本主義」実現において、リスキリングは中心的な役割を担います。政府は、個人のリスキリング支援に向けて5年間で1兆円の投資を行う計画を立てており、これにより国内でのリスキリングの動きはさらに活性化すると考えられます。企業も、従業員のリスキリングを積極的に支援することが求められています。これらの取り組みは、労働市場の柔軟性と労働者のスキルアップを促進し、経済成長と個人のキャリア発展の両方に貢献することが期待されています。

リスキリングが求められる背景

前述のように、リスキリングは必要性が高まっています。次に日本においてリスキリングが求められる理由について、さらに掘り下げていきます。

労働者一人当たりの生産性向上への対策

リスキリングが求められる主な理由の一つは、労働者一人当たりの生産性向上が急務となっていることです。

日本は現在、人口減少に伴い労働力不足が進行中です。総務省の令和4年版情報通信白書によると、2021年の労働者人口は約7,450万人である一方で、2050年には約5,275万人にまで減少すると予測されています。

この状況では、労働者一人当たりの生産性が向上しない限り、国内の総生産量は下降する恐れがあります。リスキリングを通じてITやデジタル技術に関連する新しいスキルを習得することにより、社会全体のスキルアップと生産性の向上が期待されます。特に、自動化やAI技術の導入により、従来の作業プロセスを効率化し、従業員がより高付加価値の業務に集中できるようになることが期待されます。

DX推進に不可欠な人材育成の必要性

DXの推進には特定の人材が必要であり、このための人材育成が2つ目の重要な理由として挙げられます。

DXの成功には、以下のような能力を備えた人材が欠かせません。

  • 先進的なデジタル技術やデータ活用に深い知識を持つ。
  • 社内の業務内容に精通している。
  • 社内で実現可能なデジタル技術の活用方法を理解する。
  • デジタル技術の限界を把握する。

現状では、このようなDX人材の不足が深刻な問題となっています。企業が戦略的に人材を育成または確保できない場合、DXの実現は困難になるリスクが高まっています。

外部からDX人材を確保することも一つの解決策ですが、DXの推進には単なるデジタル技術の理解だけでなく、「自社事業に関する専門知識」も重要です。このため、自社のビジネスモデルを深く理解している内部人材のリスキリングが、外部リソースの活用よりも効果的な場合があります。内部人材のリスキリングにより、企業はデジタル技術と業務知識の両方を兼ね備えた人材を育成し、DXの成功に必要な戦略的な視点を持つことができます。これにより、DX推進のための人材育成は、企業にとって長期的な競争力を構築する重要な要素となっています。

リカレント教育・アンラーニングなどとの違い

リスキリングと類似した概念として、「リカレント教育」や「生涯学習」などが挙げられます。

ここでは、5種類の学習方法とリスキリングの違いについて解説します。

リカレント教育

リカレント教育とは、学校教育を終えた後も学習を続け、必要に応じて再教育を受ける学習サイクルのことです。この用語は英語の「recurrent(循環する)」に由来しており、社会人として働きながらも、時代の変化に応じて新しい知識やスキルを身につけることの重要性を強調しています。特にDXの進展に伴い、テクノロジーの急速な進化に適応するためには、継続的な学習が不可欠です。

リカレント教育の一般的なアプローチは、「教育→就労→教育→……」というサイクルを繰り返すことです。これに対し、リスキリングでは、既存の企業に所属したまま、新しいスキルや専門知識の習得を目指すという違いがあります。リスキリングは、現在の職を離れて学ぶのではなく、仕事を続けながら新たな能力を身につけることを目指します。これにより、従業員は技術の進化に伴い、自身のスキルセットをアップデートすることができるのです。

生涯学習

生涯学習とは、人生全般にわたる学びのプロセスを指します。これには、家庭や学校での教育だけでなく、ボランティア活動、文化活動、スポーツなどの多様な学習体験も含まれます。

生涯学習の目的は、「豊かで充実した人生を送る」ことにあり、それは仕事に関連するスキル獲得だけに限らず、人間としての成長や社会的な参加、個人的な満足感にも寄与します。例えば、言語学習、アート、健康やウェルネスに関する知識など、生活のあらゆる側面が生涯学習の範疇に入ります。

一方、リスキリングは「仕事で役立つ知識やスキル」を習得することに特化しています。これは、特にDXや業界の変化に伴い、新しい職務に適応するための技術や能力を身につけることを目指しています。リスキリングは、企業の成長戦略や従業員のキャリア開発に直接的に貢献し、市場の需要に応じた専門スキルの獲得を重視します。

OJT(On the Job Training)

企業内教育プログラムにおいて、OJT(職場内で行われる教育訓練)は一般的な手法ですが、これはリスキリングとは異なる概念です。OJTは、従業員が既存の組織と業務の枠組みの中で、実際の業務を行いながら必要なスキルや知識を身につけることを目的としています。これにより、従業員は現場で直面する実際の課題を解決しながら学習を進めることができます。OJTは、日々の業務に即した知識と技術を獲得するために重要な役割を果たします。

一方で、リスキリングは既存の組織や業務を前提としない学習アプローチです。ここでは、従業員は会社内で現在存在しない仕事や、現在のスタッフが持っていないスキルを必要とする新たな役割や業務のためのスキルを習得します。

アンラーニング

アンラーニングは、すでに学習した知識やスキルの中で現在は有効でないものを捨て去り、新しい知識やスキルを習得するプロセスです。このアプローチでは、既存の方法や価値観に固執せず、新しい情報を吸収する柔軟性を持つことが重要です。特に、DXが進む現代において、アンラーニングは、陳腐化したスキルや概念から脱却し、イノベーションを推進するために不可欠な要素です。

リスキリングは、新しいスキルや知識の獲得に焦点を当てていますが、アンラーニングは「学びほぐし」や「学習棄却」とも呼ばれ、既存の知識やスキル、考え方の中から適切なものを選択し、不要なものを捨てることに重点を置いています。

これら二つのアプローチを組み合わせることで、企業や個人は、急速に変化するビジネス環境に適応し、競争力を維持するために必要なスキルセットを効果的に更新することができます。

アップスキリング

アップスキリングは、特にIT技術のような「変化の激しい知識やスキル」を習得し、スキルを向上させる学習方法です。IT分野の急速な進化により、プログラミング、データ分析、クラウドコンピューティング、人工知能(AI)など、新しいシステムやサービスへの適応が求められています。アップスキリングは、これらの最新技術を理解し、活用するために必要なスキルの向上を目指します。これにより、従業員は既存の職種内での役割を拡大し、企業のDXに貢献できます。

対照的に、リスキリングは、現在の職種に限らず「新しいことに挑戦する」学習方法です。これには、従業員がまったく異なる業種や職種に適応するための新しいスキルセットの獲得が含まれます。リスキリングは、キャリアチェンジや業界の変化に伴い、新たな役割や責任を担う準備をするための手段として重要です。

社内でリスキリングを導入するメリット

企業でリスキリングの取り組みを導入するメリットは以下の5つが挙げられます。

ここでは、それぞれについて詳しく見ていきましょう。

  1. 生産性の向上
  2. イノベーションの促進
  3. 人材不足の解消・採用コストの削減
  4. 従業員満足度・エンゲージメントの向上
  5. 企業の文化や社風を維持できる

1.生産性の向上

DXの推進には、社員のリスキリングが重要な役割を果たします。リスキリングを通じて従業員のスキルを最新化することで、企業は作業の自動化と作業工数の削減を実現することが可能になります。自動化によって業務効率が向上し、これにより企業は既存事業の拡大や新規事業開発へのリソースをより効果的に投資することができます。

さらに、作業工数の削減は、残業の減少に直結し、従業員のワークライフバランスの改善にも寄与します。このような働き方の改革は、現代の労働市場において重要な要素となっており、採用活動においても大きな魅力となるでしょう。優秀な人材を惹きつけ、維持するためには、企業が柔軟で前向きな働き方を支持し、実現する姿勢が欠かせません。

2.イノベーションの促進

リスキリングを通じて新たな知識やスキルを習得することは、社員の視野を広げると同時に、企業の革新的な能力を向上させます。この学習プロセスにより、従業員は新規事業のアイデアやイノベーションを生み出す可能性が高まります。従来とは異なる視点やアプローチが、組織全体に活力を与え、事業の多様化や市場での競争力を強化することが期待されます。

さらに、新たに獲得した知識やスキルを実際の業務に適用することで、従業員は自身の仕事においてより大きな成果を上げることが可能になります。これは、新規事業の創出やイノベーションを促進するだけでなく、社内のモチベーションやエネルギーを高める効果もあります。従業員が自身のスキルとアイデアを価値ある形で企業に還元することで、組織全体の活性化と持続的な成長が促進されます。

3.人材不足の解消・採用コストの削減

DXに特化した専門人材は、高度な技術知識と業務遂行能力を要求されるため、採用市場では非常に競争が激しく、採用コストも高くなりがちです。このような状況の中で、企業がリスキリングを通じて社内でDX人材を育成するアプローチは、多くのメリットを提供します。

まず、リスキリングによって既存の従業員をDXの専門人材に育成することで、人材不足の問題を解消し、高額な採用コストを削減することが可能になります。社内での育成により、既に企業文化や業務プロセスを理解している従業員を専門的な役割に適応させることができ、効率的な人材活用を実現できます。。

さらに、社外からの採用では、新たな従業員が自社の業務を習得し、期待通りの成果を出すまでに時間がかかることがあり、これには一定のリスクが伴います。しかし、社内での育成では、従業員が既に組織の目標や価値観を共有しているため、新しいスキルを習得し実務に活かすプロセスがスムーズに進行します。

また、リスキリングを組織の一部として取り入れることで、継続的な学習と自己成長を重視する企業文化の構築に貢献します。これは、既存の社員に新しいスキルを身につける機会を提供するだけでなく、組織全体の革新的なマインドセットの醸成にも寄与します。

4.従業員満足度・エンゲージメントの向上

リスキリングが組織内で積極的に取り入れられると、従業員は将来に備えて新しい知識やスキルを獲得することに対するモチベーションが高まります。このプロセスは、単に技術的なスキルを向上させるだけでなく、従業員が自ら学び、成長する文化を育てます。上司の指示を待つのではなく、自発的に新しいアイデアを探求し、業務に取り組むことで、社内の主体性が強化されます。

このような環境は、従業員の自己実現への欲求を満たし、仕事に対する満足度とエンゲージメントを高めます。従業員が仕事に対して主体的かつ積極的に取り組むことは、意欲低下による退職率を減少させ、組織全体の生産性向上につながります。また、従業員が新しいスキルやアイデアを積極的に業務に応用することは、売上向上や新しい市場の開拓など、企業のビジネス成果にも直接的に寄与します。

5.企業の文化や社風を維持

既存の社員をリスキリングの対象にすることによって、企業は既に組織や業務に精通している人材を活用し、DXを含む新たな取り組みを効率的に進めることができます。このアプローチは、外部からの採用に比べて多くの利点を提供します。

一つの重要な利点は、企業文化や社風とのミスマッチリスクを軽減できることです。既存の社員は、企業の価値観や社風を理解しているため、新しい役割や責任に迅速に適応することができます。これは、外部から新たな人材を採用した場合に見られる、組織への馴染みに時間がかかる問題を避けることができます。

また、社内でのリスキリングを通じて得た新しい知識やスキルは、社員が既に持っている業務の理解と組み合わせることで、より効果的に活用することが可能です。彼らは、新しいスキルをどのように現在の業務に応用し、企業の目標達成に貢献できるかを直感的に理解できます。これにより、新たに導入されるプロセスやシステムがスムーズに組織内に統合され、迅速な成果達成が期待できます。

企業がリスキリングを進めるための4ステップ

次に、企業がリスキリングを進めるための4つのステップについて解説します。

ステップ1:事業戦略に基づいた人材像やスキルを定める

リスキリングは単なる手段に過ぎず、目的ではありません。DX時代の急速な技術進化に対応するため、経営戦略に連動した人材戦略の策定が不可欠です。この戦略の中で、将来の事業に必要とされるスキルや能力を明確にし、それらが社内で欠けている場合にリスキリングを実施します。

例えば、AIやデータ分析のスキルが今後の事業成長に欠かせないと判断された場合、これらの分野でのリスキリングが重要になります。

ステップ2:教育プログラムを考える

リスキリングの学習方法には、研修、オンライン講座、社会人大学、eラーニングなど多種多様なオプションが存在します。自社でこれらのプログラムを用意できない場合は、外部の専門家を講師として招聘したり、質の高い外部ベンダーの教材を採用することが有効です。

例えば、オンライン講座は時間や場所の制約が少なく、忙しい従業員にとっても学習しやすい環境を提供します。また、eラーニングはインタラクティブな学習体験を提供し、従業員のエンゲージメントを高めることができます。

これらの学習方法を幅広く提供することによって、学習者は自分に最適な方法を選択し、より効率的かつ効果的にリスキリングを進めることが可能になります。実際、多くの企業がこれらの手法を採用し、従業員のスキルアップに成功しています。

教育プログラムの選択肢を広げることは、従業員の学習意欲を促進し、結果として企業全体の成長に寄与します。

ステップ3:社員に取り組んでもらう

リスキリングプログラムが準備できたら、次は社員が実際に取り組む段階です。この際、新しいスキルを習得する過程で社員が感じる負担やストレスに注意しましょう。リスキリングは強制ではなく、社員の自発的な意欲に基づいて進めるべきです。1on1の面談を通じて、各社員のキャリア観とリスキリングの目標を合わせることが効果的です。

また、就業時間外に学習を強いると、社員のモチベーションを低下させる可能性があります。そのため、就業時間内に学習のための時間を確保することが望ましいです。これにより、社員は仕事と学習のバランスを取りやすくなり、リスキリングに対するポジティブな姿勢を保ちやすくなります。

ステップ4:リスキリングしたことを実践で活かす

繰り返しになりますが、リスキリングは手段であり目的ではないため、学んだスキルの実践的な応用を促すことが欠かせません。そのためには、業務中に新しいスキルを活用する機会を提供し、実践を通じて学びを深めることが必要です。

また、実践の結果に対して定期的なフィードバックを行い、スキルの継続的な向上を促すことが効果的です。このアプローチにより、リスキリングの成果を最大限に活かすことができます。

リスキリングを実施する上での注意点

リスキリングを導入し、社内に定着させるためには気をつけるべきポイントがあります。ここでは、リスキリングを実施する上での注意点について解説します。

リスキリングの重要性を浸透させる

リスキリングの認知度向上は、その成功の鍵を握っています。多くの企業ではリスキリングの必要性に対する理解がまだ十分でないため、リスキリングを推進する部署が経営陣と協力して積極的な啓発活動を行うことが欠かせません。リスキリングの意義やメリット、加えて海外の成功事例を詳しく説明することで、社内の理解を深め、協力体制を築くことがリスキリング実施のための第一歩となります。

従業員に対する当事者意識の醸成

リスキリングはIT技術者だけでなく、すべての従業員にとって重要です。しかし、一部の従業員はリスキリングを自分には関係ないものと捉えたり、DXによる自分の仕事の変化に対して不安や抵抗感を持つことがあります。

特にデジタル技術の導入が遅れがちな中小企業では、業務プロセスの大きな変化に対する恐れが見受けられます。そのため、リスキリングの重要性と従業員にとってのメリットを明確に説明し、彼らの積極的な取り組みを促すことが不可欠です。従業員がリスキリングの必要性を理解し、当事者意識を持って取り組むことで、プロセスの変化に柔軟に対応できるようになるでしょう。

モチベーション維持の工夫

リスキリングの成功は、継続的な取り組みと従業員のモチベーションの維持に大きく依存します。リスキリング過程での上司や管理職による定期的なフィードバックは、従業員のモチベーションを保つ上で非常に有効です。これにより、従業員は学習の進捗や成果を明確に認識し、目標に向かって努力を続けることができます。

さらに、新たなスキル習得後にインセンティブを提供したり、学んだことの発表機会を設けることも、従業員の努力と成長を評価し、彼らのモチベーションを高めるのに役立ちます。企業が従業員の成長と努力にコミットする姿勢を示すことが、リスキリングの成功への鍵となります。

日本企業におけるリスキリングの実施状況

リスキリングに取り組んでいる企業の状況

2023年のビズリーチによる調査では、308社を対象にリスキリングへの取り組みについて調査しました。その結果、全体の26.3%の企業がリスキリングに取り組んでいると回答しました。

特に従業員数5,000人以上の大企業では、約半数にあたる48.9%がリスキリングに取り組んでいるものの、従業員数50名未満の小規模企業では、12.2%の企業のみとなっており、企業規模が小さいほどリスキリングの実施に取り組んでいないことが示されています。

出展:「67.6%の即戦力人材が「リスキリング」を実施 9割以上が、将来的にリスキリングの必要性を感じると回答一方で、リスキリングに取り組む企業は26.3%にとどまる」ビズリーチ

「企業」と「個人」それぞれのリスキリングに対する意向の違い

前述のビズリーチの調査では、企業と個人の間にリスキリングに対する意識の大きな乖離があることを示しています。629人の個人を対象にしたアンケートでは、67.6%の個人が既にリスキリングに取り組んでいると回答しました。一方で、308社の企業を対象にした調査では、リスキリングに取り組んでいると答えた企業は26.3%にとどまっています。

この調査はまた、「新しいスキルを身につける必要がある」と感じている人材の割合が全体で95%に達していることも明らかにしています。

年代別の内訳は以下の通りです。

  • 30代: 70.7%
  • 40代: 56.9%
  • 50代: 45.6%
  • 60代: 38.5%

これらの結果からは、年齢が高くなるにつれてリスキリングに対する意識が低下する傾向があるものの、全年代を通して新しいスキルの習得に対する意識が高いことが分かります。

リスキリングで企業が従業員に求めるITスキルの一覧

同調査では、企業に対して自社の社員に積極的に身につけてほしいスキルについても尋ねています。

リスキリングにおいて、企業が自社の社員に身に付けてほしいと回答したスキルには以下のようなものがあります。

  • プロジェクトマネジメント(PM)
  • データ解析・データ分析
  • セキュリティ
  • デジタルマーケティング
  • プログラミング
  • システムアーキテクト
  • デザイン
  • Web制作

最も回答数が多かったのがプロジェクトマネジメント(48.7%)、ついでデータ解析・データ分析(46.1%)となっています。データ解析・データ分析のスキルとプロジェクトを円滑に進行するための意思決定や調整、進捗管理のスキルを併せ持つ人材を企業は求めていると言えるでしょう。

日本におけるリスキリング導入の課題

次に、日本におけるリスキリングの課題について見ていきましょう。

リスキリングの認知度が低い

日本では、リスキリングという概念の認知度が海外に比べて低い状態にあります。

リスキリングが十分に浸透していない理由として、以下のような原因が挙げられます。

  • DXが十分に理解されておらず、デジタル化に対する意識が低い
  • 多くの企業がDX化の対応を外部に委託する傾向があり、社内でデジタル人材を積極的に育成していない
  • 日本独自の人材育成方法であるOJTによるジョブローテーションに重きを置きすぎている

2021年に独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が行った調査によると、リスキリングを実施している米国企業は82.1%にのぼりますが、日本企業ではその割合が33%にとどまっています。また、この調査結果からは、リスキリングの実施も導入も検討していないと回答した日本企業が46.9%に上ることが明らかになっており、日本におけるリスキリングへの認識の低さが浮き彫りになっています。

リスキリングに対する抵抗感を持つ人

リスキリングに対してネガティブな印象や抵抗感を持っている人も珍しくありません。特に日本では、新しい学びへの必要性やそのメリットを実感しづらい社会的構造が、この抵抗感を引き起こす要因の一つとなっています。実際に、従業員がリスキリングの重要性を十分に理解できていないため、教育プログラムの途中で離脱するケースも少なくありません。

しかし、現在従事している業務によっては、将来も引き続き必要とされる人材であり、そのためにリスキリングが不可欠な場合もあります。リスキリングの成功には、企業が従業員に対して新たな職務で活躍するメリットや具体的なビジョンを明確に伝えることが重要です。従業員がリスキリングによって得られる具体的なキャリアの成長や職場での新しい役割に対する理解を深めることができれば、抵抗感を克服し、積極的に学びに取り組む動機づけにつながります。

リスキリングの国内企業事例8選

株式会社三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)

SMBCグループは、2016年にグループ内のデジタルIT専門教育組織として、「ITユニバーシティ」を発足。2019年には「デジタルユニバーシティ」に名称変更し、DXについて本格的に学べるプログラムを提供するようになりました。2021年からは、グループの全従業員5万人向けに「デジタル変革プログラム」を導入しています。このプログラムでは、1本約10分間の動画コンテンツを30本以上、約5時間分用意しています。

このデジタル変革プログラムでは、デジタル技術を学ぶ必要性に焦点を当てたマインドセットの形成を重視しています。また、システムの開発者や企画者だけでなく、その利用者も対象とする点がプログラムの特徴です。プログラムの導入により、従業員の間で「全員がDXについて深く理解し学ぶべき」という意識が高まっているとされています。

株式会社日立製作所

日立製作所は、デジタルスキルや対応力を持つ人材の強化を重点課題として掲げ、そのためのプログラムを日立グループ全体で展開しています。学習体験プラットフォーム(LXP)「Degreed(ディグリード)」を導入し、社員一人ひとりのリスキリングを支援しています。

このプラットフォームを活用することで、社員は空いた時間にPCを使って自発的に学習し、学習意欲を高めることができます。リコメンド機能付きのLXPでは、社員が動画視聴やテキスト読解を通じて、興味のある分野や克服したい分野を学ぶことができます。多様なコンテンツを提供することで、日立製作所は社員のスキルアップとモチベーションの向上を図っています。

ヤフー株式会社

ヤフーでは、全社員を対象にAI人材へのリスキリングを推進しています。その一環として「Z AIアカデミア」を発足し、グループ内での知識共有や人材交流、AIを活用したビジネスの協業を促しています。

また、「AIケーススタディコミッティ」の設置により、社員に学習機会を提供し、実践力の向上を図っています。特にノンエンジニアからAIプロフェッショナルへのリスキリングに力を入れており、社員のデジタルスキル向上に注力しています。

株式会社メルカリ

メルカリでは、希望する社員に対して博士課程進学を支援する「mercari R4D PhD Support Program」を開始。この制度では、学費のサポートに加え、研究時間の確保のために勤務時間の調整も可能です。

社員が国内の大学院に進学し、仕事と研究を両立できるように職場環境を整備していることがポイントです。この取り組みにより、メルカリは高度な専門知識を社員に習得させ、組織全体の競争力強化と新しいアイデアやイノベーションの創出を目指しています。

株式会社富士通

富士通株では、「ITカンパニーからDXカンパニーへ」という変革の一環として、教育投資を40%増加させ、人材のリスキリングに取り組んでいます。将来を見据えた人材への成長投資を加速させ、社員が自ら必要なスキルを選択し学ぶスタイルの研修を拡大しました。

学びのポータルサイト「FLX」を通じて、社員が即戦力になれるようなデジタルスキルを含む9,000種類以上の教材を提供しています。また、キャリアの可視化や社内公募を通じて内部人材の強化を図っています。

サッポロホールディングス株式会社

サッポログループは、「全社員DX人財化」という目標のもと、DX・IT人財育成プログラムを開始しました。DXやITの基礎からより専門的な内容まで、段階的なeラーニング講座を提供しています。最終ステップとして「リーダーステップ」を設け、DXビジネスデザイナーやDXテクニカルプランナー、ITテクニカルプランナーへの育成を目指しています。

社員にデジタルスキルを身につけさせることで、実践的な成果や価値を生み出すことを明確に示していることがポイントです。サッポログループは、DXを経営基盤の一部として推進し、グループ横断的に人材育成に取り組んでいます。

武田薬品工業株式会社

武田薬品工業は、自社のデジタル人材育成を目的に「DD&T(データ・デジタル&テクノロジー)アカデミー」を立ち上げました。この独自の教育プログラムでは、現場で顧客と接してきた社員がデジタル関連の新たなスキルや知識を身に着け、顧客視点でのデジタル化を目指しています。

選抜された約30名の社員は現場から離れ、半年間のリスキリングを受けることになります。デジタル基礎を学んだ後は、専門部署でOJTを行い、不足する部分を補う形で学習を進めます。この取り組みを通じて、武田薬品はデジタル変革を推進する「変革者」を育成しています。

旭化成株式会社

旭化成では、2020年からDXの推進に向けた具体的な取り組みを開始しました。この一環として、2021年にはデジタル共創本部を設立し、2024年を「デジタルノーマル期」として全従業員がデジタルスキルを身につけることを目指しています。

トップダウンではなく、従業員自身の主体的な学習を重視する方針の下、デジタルスキルや業務改革スキルに応じたレベル1から5までの5段階評価の「DXオープンバッジ制度」を導入しました。このバッジ制度は、人事評価には直接影響せず、従業員の自己成長とモチベーションの促進を目的としています。

特にレベル1では、デジタルに苦手意識を持つスタッフも理解しやすい内容を提供し、DXへの意識を全従業員に浸透させることを目指しています。これにより、旭化成は従業員一人ひとりがデジタル時代に適応し、企業全体のDX推進を促進しているのです。

まとめ

本記事では、リスキリングの概要や重要性、導入する際のポイント、具体的な企業事例などについて詳しく解説しました。

企業が厳しい競争環境を勝ち抜くには、DXはもはや必須要素です。そんなDX時代における人材育成のために、企業はリスキリングの仕組みを構築することが急務となっています。

適切にリスキリングを行うことで、従業員は必要なデジタルスキルを身につけ、変化するビジネス環境に柔軟に対応できるようになります。ぜひ本記事を参考に、自社へのリスキリングの導入について考えてみてください。

最後に、クロス・オペレーショングループは、営業・カスタマーサクセス・カスタマーサポートのオペレーション構築・効率化に向けたコンサルティングサービスを提供しています。自社のオペレーションを改善したい方や、オペレーションの構築に時間がなくて困っている方は、ぜひご相談ください。

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